2018年10月26日(金)

延寿通信 第183号 2018年11月 [延寿通信]

やまなかや菊はたおらじゆのにほひ

---風呂と俳句

江戸時代の俳人といえば真っ先に芭蕉が浮かび出て来ます。芭蕉は本州、特に、伊賀、北陸、名古屋、江戸、東北にかけて、足跡を残しています。最後は大阪にあって、「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」が御堂筋近辺での作品と言われています。
 一方、もう一人の江戸時代の代表的俳人蕪村は、幼少期、若い頃、大阪に住んでいて、関西の句をたくさん残しています。もちろん俳人ですから、芭蕉のように全国に旅しています。箱根、宮島、小田原、大井川などの句もありますが、どうも奥の細道のような大旅行はしていないようで、大部分は関西、しかも京都が多いようです。蕪村の俳句は、暮らしや身の回りを詠ったものが割りに多く、芭蕉とはかなり傾向が違い、親しみを感じます。
 秋深し、文化の秋になりました。生薬入浴剤「延寿湯温泉」の入った浴槽に、のんびり浸かり、秋の句を一つひねって見てはいかがかと思い、今回は風呂、入浴と俳句を特集することにしました。

1.芭蕉、蕪村の俳句から 
 順番ですので、最初に、芭蕉の句をと思ったのですが、芭蕉は暮らしのことは俳句にはあまり取り上げないので、入浴、風呂関連の句は少なく、温泉の句が1,2句あるのみです。その一つは次の句です。
  やまなかや菊はたおらじゆのにほひ
 これは加賀、山中温泉で詠んだもので、元禄2年(1689年)で7月、曾良とともに、山中温泉の和泉屋に逗留した時のものです。『芭蕉俳文集、上』(堀切実編注)によれば、句意は次の通りです。
「この山中の地は、あの桃源郷にもまさる仙境であり、湯は万病に効き、不老長寿でいられるのだから、わざわざ慈童のように菊を手折ってその露を飲むようなことはすまい」
 芭蕉は山中温泉べたほめで、「湯は万病に効き、不老長寿でいられるのだから」
とは、ここまで温泉を持ち上げていただければ、温泉を愛する人は大喜びです。
 蕪村は、冒頭にもあげましたように、割りに身近なこと、暮らしのことなどに目を向けており、たくさんの句を残しております。その中から、入浴、風呂にかかわる句を拾ってみました。このあたりが芭蕉と蕪村の違いを物語っているようです。
   居え風呂に後夜きく花のもどりかな
   洗足のタラヒも漏りてゆく春や
   居風呂に棒の師匠や春の暮
  温泉(ゆ)の底に我が足見ゆる今朝の秋  
  寒梅や熊野の温泉の長がもと

2.江戸時代の入浴・風呂事情
 江戸時代の風呂の俳句を鑑賞するとなると、ここでは当時の銭湯、風呂、入浴のことを頭に入れて置かないといけませんので、簡単に触れておきます。
 温泉の利用は江戸時代も今もあまり変わりませんが、ただし、温泉は室内の旅館方式ではなく、野外の露天風呂が多かったようです。
 風呂は、この時代までは蒸気浴(蒸し風呂)が主流で、温泉のように湯に漬かってという浴槽方式は江戸時代になって、ようやく普及し始めました。もちろん、蒸気浴が主流といっても、野外の温泉は場所は限定されますが、広く利用されていました。また、今、残っている奈良時代の寺院の風呂多くは浴槽方式であり、これらはずっと長く使われてきました。16世紀の後半、京都妙心寺に出来た浴室は蒸し風呂で、かかり湯も用意されていました。
 自宅というか、家庭に風呂の設備を持つというのは、これは近代になってからのことで、それまでは、自宅に風呂があるというのは、ほんの一部の大名クラス、上層階級の邸宅のみでした。庶民の入浴はもっぱら銭湯、共同風呂でした。
 銭湯という有料の公衆浴場は、江戸時代になって江戸、京都を中心に急速に広まり始めたのですが、これには蒸気浴、浴槽方式が入り乱れており、浴槽方式といっても江戸時代初期は浴槽の湯は浅く、どっぷり浸かるタイプではありません。この今日の浴槽方式が普及するのは、ずっと後のことです。
 入浴には欠かすことの出来ない化粧石けんは、江戸時代には一般には普及していません。もっぱら、米ぬかを使いました。一般の人が化粧石けんを使い始めるのは明治の後半になってからです。
 米ぬかにはいい香りがあるわけでもなく、布袋入りの粉末を湯につけて身体を洗いますので、鬱陶しいことだったでしょう。爽やかな香りのいい石けんで、泡を身体じゅうにつけて洗うというのとは隔世の感ありです。米ぬかは洗浄効果も大きくはなく、これを布袋に詰めてごしごし身体を洗うのは、一仕事です。
 化粧石けんが銭湯で使われるようになるのは明治10年代、19世紀末ですが、一般の人は、まだ大部分がぬか袋であったといいます。この頃の化粧石けんは高価で、化粧石けん1個の値段は米5kgぐらいであったといいます。
 密室の蒸気浴では句作の雰囲気はなく、家庭の風呂で、あるいは銭湯の広い浴槽や、温泉のようなゆったりしたところが俳句にはふさわしいようです。

3.現代の風呂の俳句
 現代俳句となると風呂、入浴は題材としては幅広く豊富で、一般の俳句では無数に出てきます。俳人の夏井いつきさんは、『おうちDE 俳句』を企画し、俳句募集 第5回のテーマは「風呂は癒しの空間」で、広く風呂の句を集めています。夏井さんは、このテーマにつき、次のように説明しています。
「風呂好きのワタシとしましては、もっともくつろげる癒しの空間です。
とはいえ、風呂でしか泣けない、風呂での悲哀など、さまざまな切り口もあるかと思います。自宅の風呂で詠んだ俳句を募集します」
 この記事のあるホームページには風呂関連の俳句がずらりと並んでいます。テーマが風呂だけに俳句は、どちらかといえば家庭的で、まさに癒しの空間であることが分かります。
 沢山の俳句の中から、浴槽に植物、果物を浮かばせている場合の風呂、入浴光景の俳句を選んで見ましたが、植物の出てくる句は全体の1割以下で、比較的多いと思いました。これらの句を読んでみると、柚子湯、菖蒲湯を詠った句が圧倒的に多く、先回、取り上げた風呂と植物の記事にもつながります。柚子・柑橘類と菖蒲以外では、バラの花が1件のみありました。
 現在出版されている歳時記にはたくさんの俳句が並んでおり、しかも季節を味わうのに便利な本で、俳句を作らなくても季節感を味わうのに手ごろな楽しい本です。
 ここでは、『ホトトギス新歳時記』の中から、柚子湯にかかわる句を拾ってみました。

・客僧の柚子湯こよなくよろこばれ  青野洸女
・風呂に蓋柚子のにおいを封じえず  洲崎美佐穂
・庭掃除済ませ今宵は柚子風呂に   大原雅尾
・沈めたり浮かせたりして柚子湯かな 今橋浩一
・旅はもう叶わぬ母に柚子湯たて   樹生和子
・今日はしも柚湯なりける旅の宿   高浜虚子

<参考文献>
夏井いつき:ホームページによる(2018.9.1)
堀切実編注:芭蕉俳文集 上、岩波文庫(2006年)
稲畑汀子編:ホトトギス新歳時記改訂版、三省堂(1996年)

Posted by 管理者 at 08時53分

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